大切にしたい故郷の淡水魚
木村 清朗(元九州大学農学部教授)

私は大学に入るまで、杵島郡山内町にすみ、子供の頃から釣りが好きであった。佐賀県の淡水魚類をとくに勉強したわけではないが、故郷の魚はやはり懐かしい。

本県の北は玄界灘に、南は有明海に面している。玄海には東から玉島川、松浦川、有田川などが、有明海には筑後川、嘉瀬川、六角川、塩田川、鹿島川、多良川などが注いでいる。玉島川はアユ釣りの発祥の地とされ、玉島神社には「神功皇后垂輪の石」が祭られ、その伝説は全国に流布されている。奈良時代になると、大伴旅人、家持父子による玉島川のアユ釣りの歌が、万葉集に集録されていて有名である。当時はうら若い女性がアユを釣っていたようである。どんな方法によったのであろうか。

佐賀県の山はもともと浅く、森林があまり発達していないので、筑後川下流部を除けば、どの川も規模が小さく、水量豊かとはいい難い。常に、慢性的な水不足に悩んだといわれ、藩政時代から治水、利水工事が行われてきた。

唐津藩主寺沢志摩守広高が造った大黒井手(井堰)、佐賀鍋島藩の成富兵庫茂安による馬頭井手は、いずれも松浦川中流にあり、現在も補修されながらその機能を発揮している。大黒井手上流の伊万里市桃の川で、40年も前に私はアユの友釣りを楽しんだことがある。結構、型が良かった。魚には比較的やさしい堰だったのであろう。また、この井手まで3月に唐津湾から遡ってくるウグイ(イダ)は、全長30~40cmで、雄の腹部は赤くなって美しい。ハリに掛かるとスピードがある強い引きをみせ、爽快そのもの。今も夢にでてくる楽しい思い出である。

本県の川は小なりといえども、上流ではヤマメが、中流ではオイカワ、コイなどが釣り人達を楽しませている。玄海側の川へ、時々、冷水性のサケが秋に遡上する。古老によれば、産卵もしていたらしい。中流のヨシや水草の蔭では、オヤニラミが静かに胸鰭と目玉を動かしていた。その俗称も面白い。

鯉蓋の縁で緑色に光る斑紋を「夜の目」、本当の眼を「昼の目」に見立てて、山内町あたりではヨルメヒルメと呼ぶ。近頃は希少種の仲間入りをしている。

子供の頃、このオヤニラミ様を焼いて食べた記憶もある。今なら確実に罰が当たるであろう。有明海側では中下流域に佐賀平野が広がり、わが国でも有数の、穀倉地帯になっている。古くから干拓が行われた関係で、網の目のように灌漑用のクリークが発達し、ほとんどの河川がつながっている。これらの地域を巡ると、成富兵庫の名前を聞く所が多い。

このような先達や維新以降の事績には、技術的な制約もあり天然の石や土と水がそれぞれの連携を失っていない。クリークについていえば、環境が変化に富み、水草類がよく繁茂して平野部の魚類、とくにコイ科の仲間の生息や繁殖に絶好の場を提供することになった。コイ、フナ類、美しい体色のタナゴ類、美味しいオイカワやカマツカ、産卵が面白いツチフキ、これらを狙うナマズ、ウナギ、カムルチーなどの楽園であった。

また大小の溜地や近年建設されたダム湖などには、コイ以外に他地方からゲンゴロウブナ、ワカサギ、あるいは外来種のブラックバスやブルーギルなどが、移殖されている。

淡水魚類に関していえば、大陸に近いこともあって、佐賀、福岡の両県は九州でも最も種類が豊富である。本書の主な執筆者、田島正敏教諭(県立白石高校)によれば、移入種も含めて29科88種5亜種に及ぶ。結構多様性に富んでいる。そして、川やクリーク、溜地などにすむこれらの魚類は、戦後しばらく県民の重要な蛋白源であったことを忘れてはならない。

有明海は比較的浅く、最大潮位差6mをこえる。広大な干潟ができるなど、生物の生産力が高くて、水産上重要な水域である。その環境条件は、朝鮮半島西岸や中国大陸東岸によく似ている。魚類相をみると、海と川を往来するエツ(カタクチイワシ科)、アリアケシラウオ、アリアケヒメシラウオ属、ヤマノカミ(カジカ科)、ハゼクチ、ムツゴロウ(ハゼ科)などが大陸と共通の特産種である。純粋の淡水魚では、カゼトゲタナゴ、絶滅危惧種のヒナモロコ(コイ科)は、日本の他地方では決してみられない。

わが国の淡水魚のほとんどは、地史的に古くから大陸と関係が深いのだが、上記の特産種の多くは佐賀、福岡県を中心にしてすむのみで、比較的新しい時期に九州へ分布してきたのであろう。その理由は、第四紀の数回にわたる氷河の盛衰と関係づけられている。氷期には広大かつ厚い氷床が地球の高緯度地方に発達したため、温暖な現在より海水面が120m、研究者によっては200mも下がっていたという。その際に九州北部と、朝鮮半島や大陸とが地続きになって各水系がつながり、魚類相を交換したらしい。旧ソ連邦の故G.U.リンドベルク博士は、このような立場で、世界各地の淡水魚や汽水魚の地理的分布を明快に説明している。

さて、佐賀県では近年、水辺が急激な都市化の波に呑まれ、ダムや河口堰、取水堰の建設、河川工事、水の富栄養化、クリークの統合、整備などにより、生息魚類各種の減少が昨今、取りざたされている。ヒナモロコにいたっては生存しているかどうかあやふやだ。メダカもドジョウも減った。エツは漁業の対象として、将来も大丈夫だろうか。心配の種が尽きない。

それでも私たちの足元を注意深くみると、まだまだ淡水魚類の姿を結構目にすることができる。本書では、そのような魚類がたくさんの美しい写真とともに紹介されていて、とても楽しい。私は、どうかこのような仲間とその生息環境が、無事に21世紀に引き継がれることを切に望むものである。限りない欲望と便利さの追求に、少しブレーキが必要ではあるまいか。

木村 清朗(きむら・せいろう) 福岡市在住、農学博士

武雄高-鹿児島大水産学部-九州大大学院農学研究科水産学専攻博士課程単位取得退学、農学部助手、助教授を経て教授、1995年3月定年退官、2009年6月10日逝去。主な研究分野は日本産淡水性サケ・マス類の生活史に関する研究、西日本における淡水魚類の生態学的研究、淡水魚類による環境評価に関する研究
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ムツゴロウ
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ほんむつ、むつ、むつごろ、むっごろ、むっとう